眼鏡のカガヤキ☆

眼鏡を通して見えるキラキラした日常をお伝えします。岡山で小学校の先生をしている僕が、授業実践や読んだ本・好きな音楽・子育てについてキラッと輝くことをお伝えするブログです。

自立と孤独

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自立と孤独

読書会をしている時に、出てきた言葉です。

ニーチェの言葉を借りるならば、超人を目指すという過程で孤独になっていく。高みに向かって歩みを進めて行くと、黙々と目的を達成していくために取り組んでいくので、周囲との温度差や関係に違和感を感じる時が出てきます。

読んでいる方で、そんな違和感を感じたことはありますか?僕は、時々あります。

 

僕は自分で手がかりを探していきながら、様々な所に繋がっていき、やりたいことを形にして行くことが、好きです。自分では、それは大したことでないと思っていますが、どうやら周りから見ると、特異なようです。僕からすれば、そのようにしない人に対して、違和感を感じます。これを孤独と言うのか、孤立というのか。

 

探っている段階では、たくさんの情報が入ってきます。ネット検索だけじゃなく、雑誌や自宅に届くフリーペーパーや市の広報誌など多様な媒体から見つけるようにしています。社会科の場合、意外と市の広報誌に授業に活用できる情報が掲載されています。毎月、隈なく確認しています。

 

さて、本題に入っていきましょう。まずは、自立とは何でしょう。検索してみました。

他への従属から離れて独り立ちすること。他からの支配や助力を受けずに、存在すること。

誰かやどこかの大きな影響や支配を受けることなく、自分があると言えばいいでしょうか。軸を持っている人と言い換えることもできそうです。支配とまでは行きませんが、依存している人は、沢山いると思います。さて、次は孤独とは何でしょう。こちらも検索してみました。

仲間や身寄りがなく、ひとりぼっちであること。思うことを語ったり、心を通い合わせたりする人が一人もなく寂しいこと。また、そのさま。

仲間がいない状態ですね。影響や支配を受ける関係性もない。現代風に言えば、ぼっちです。

 

ここか考えると、自立の先には超人の域へ達するが、孤独の先には、孤独しかない。なぜなら、人を魅了するような超人は、指示する仲間や教えを請うた先生がいます。その方々を大切にしながらも活動しているのが、自立だと思うからです。

 

人はひとりでは、何もできない。

本当にそうだと思います。自分が今やっていることの過去には、助けてくれた方々の存在がありでしょう。そして、未来には、これから関わる方々と共に取り組んで行く姿が想像できるでしょう。

 

繋がることが苦手な方もこれまでに関わった人を思い出して見てください。そこにつながるとことでまた新しい繋がりが生まれてくることもあります。

 

自立した大人であるために、これまでの繋がりを大切に、新たな繋がりをつくっていく。とにかく、自分が興味があることや面白いと思うことを軸にして、動いていきたいと思ったのでした。

 

今日も読んでいただき、ありがとうございます。